星一徹のプロフィール

星一徹式ゲリラ中学受験

どうも!星です!さわやかさだけでのし上がってきました!ファオッ!

 

なんかいっぱいページが見られるようになってきましたので、おごそかにプロフィール紹介していきます。

ちなみに好きな駅は海芝浦!嫌いな駅は小島新田です!

海芝浦は地の果てで落ち着く、小島新田はケミカル臭い。

私の経験した中学受験

私は中学受験失敗組です。2月1日からの3日間、第一志望はおろか滑り止めの付属校まで全て落ちました。

受かったのは1月に受けた偏差値60くらいの中学。

四谷大塚の合不合判定テストでだいたい偏差値65近辺を取っており、第一志望の中学までもう少しというところでした。

親も塾の先生も私に期待をしていたんです。

 

「本番でもいつもの調子でやればいいの。自分を信じなさい」

「受かるから安心しろ」

 

私はその言葉を聞くたびに胸が痛くなりました。なぜかというと、志望校の過去問を解いても解いてもちゃんと理解できなかったからです。

 

初見の過去問では半分も正解できませんでした。

 

このままで受かるわけないんじゃないか?

でもそれを誰にも言えませんでした。期待を裏切ってしまうからです。あるいは失望させてしまうからです。

 

私の拠り所は周りの大人が期待してくれることそのものでした。実は解けない、と言ったら自分から離れていってしまうような気がしていました。

周りの皆は期待してくれるのに自分だけは絶望的な気分と、それに反した楽観的な思いが心に渦巻いていたんです。

 

「こんな出来じゃ受かるわけないと思うんだけど。でもみんなが言うから奇跡ってあるのかも」

 

奇跡は起きませんでした。

 

なぜ偏差値65だったのに滑り止めすら落ちたのかは↓でちょっと書いてます。

【中学受験】偏差値65の涙 偏差値65で受験失敗、偏差値55で御三家合格

そして大学受験へ

仕方なく入学した中学、そして高校。本当に楽しかった。心の底から私立に行って良かったと思いました。

【私立中学】私立中高一貫校経験者による体験談 校風・先生・大学受験対策

やがて高校3年生となり今度は大学受験がすぐ目の前までやってきました。

 

ぬるま湯の中高一貫生活ですっかり浮世離れしていた私は、高校3年生の夏休み明けまで必死で遊び狂っていました。

 

9月になり、そろそろ教室の空気も変わってきました。私もそろそろ勉強しないといけないなと思い始めましたが、何を勉強していいのか良く分かりませんでした。

 

大学くらいは行かないとなーと思っていたものの、浪人はしたくありません。

どの大学に行くのかすら分からなかった私は「やっぱ東京の大学だろ!」と思い、高校を休み、1日かけて東京中の大学を見て回りました。

 

で、とある大学に一目惚れしました。

 

大学らしいおもむき、レンガ、鬱蒼と茂った木々、ここしかない!と思いました。

しかし、その大学のレベルは途方もなく高かった。実力とかけ離れていて人に話したら笑われる始末。何しろ高校2年生から一切勉強しておらず、学年でも下から数えた方が早い。

 

で、何をしたか?勉強?いいえ、勉強はしませんでした。

まずは何をしたらいいか分からなかったのでどう勉強したらいいのかを勉強していたんです。

 

何しろ残された時間は半年もありませんでした。でも一目惚れした大学にどうしても受かりたかった。だから、最短で無駄なく勉強する方法を見出すしかなかったんです

 

そして受験というゲームにはルールがあると確信しました。

【中学受験】試験の勉強法を東大法学部卒 全国模試1位 元マッキンゼーの人に学ぶ

 

まずは過去問を解かないと始まらない、そう考えました。普通は力も身についていないのに過去問なんか解きませんよね。でも私は絶対に過去問を解く必要があると考えて過去問を解きました。

 

過去問を解かないといけない理由はこちらで書いてます。

【中学受験】過去問はいつから解く? 過去問の活用方法で合否は決まる

過去問を解いて方針を明確にしてからは必死で勉強し続けました。と言っても最高で1日5〜6時間くらいです。

 

これくらいが私が1日でできる勉強量の限界です。これ以上勉強すると効率が悪くなりますので寝る方がいい、というわけです。

 

時間は限られていました。勉強の分量は最小限に、かつ最大限の効果をあげないといけません。毎日、自分の課題は何なのか何を勉強したら課題を解決できるのかを考え続けました。

 

何をどのように勉強すべきかを一日中考えていたんです。勉強している間も考えてましたよ。

 

12月までにはセンター試験レベルの問題は9割以上は解けるようになりました。

 

そして2月、ほぼ全員無理だと言っていた第一志望に合格しました。

 

その時に勉強には正しいやり方があって、正しいやり方を貫けば正しい結果が得られるのだと感じました。

講師時代

大学では家庭教師や塾講師の仕事をしていました。中学受験の経験が生きました。中学受験をしている小学生や大学受験を控えた高校生の子も教えてました。

割は良かったです。家庭教師センターを通さなかったですから、中間搾取がなくそのまま封筒で報酬を受け取っていました。

そのうちどんどん紹介をしてくれるようになりました。

月5万で週1日、多いときで6、7人の子どもたちを見ていました。

 

でも、家庭教師も塾講師の仕事も時間をめちゃくちゃ取られて割りに合わなかったんです。

 

私は頭がいい人間ではありません。

パッと何かがひらめくような人間ではないんです。だから、いちいち準備をしないとなりませんでした。

 

教えている子のノートをコピーさせてもらい、何が課題で、何を身につけたら成績が上がるのかを考えたり、教えている最中に何を話し、何を話さないかなどをウンウン考えました。

 

プロ家庭教師はパッと弱点を見抜くそうですが、私にはそんな芸当はできやしません。

だから、教える前に自分で必死こいて問題を解いて、どういうロジックで解くのかを考えて、解くための考え方をどうやったら的確に伝えられるのか考えまくりましたよ。

 

私は基本的に解き方を教えませんでした。

正確に言いましょう。

解き方はあまり教えませんでしたが、考え方は教えました

 

スケジュールを立てて、必要な参考書を指示し、詰まったところだけ実況中継的に考え方を教えてあげてあとは放置。進捗管理はしてましたがね。

 

考え方が分かって、自分の力で成長できる実感さえ得られりゃ勝手に成績なんて伸びていく、と思っていたからです。

 

そのまま講師を続けていましたが精神的に辛いので、辞めて就職することにしました。

講師をやっている人、よく毎年体が持ちますよね。とくに2月。

その後

そして公教育の世界へ。ガクンと収入は減りました。でもやりたかったんだもの。仕方ないじゃん。

 

2019年から2年くらいブログを休止し、落ち着いてきた今また再開いたしました。

 

顔の見えない誰かを助けたい、いや、単に心の支えになるだけでも、クスッと笑ってくれるだけでもいい。

そういう気持ちでやってます。

 

小学生時代の自分の気持ちがよみがえってきます。

一時的にせよあんな辛い思いをさせたくないと思い、苦しい思いをしている子たちに向けて何か自分にできることはないかと柄にもなく考えるようになりました。

 

何より、本当に苦しい思いをしているのは親である、と。

 

大人になってから子供を持つようになり、私以上に私の母は苦しかったんだろうな、と気づきました。

自分にできることはほとんどなく、情報に踊らされ、子供の成績に一喜一憂せざるを得ない。

 

だから、まずは親が中学受験というものを知り、勉強とは、入試とは何かを知り、子供と向き合う。これが一番大切なのではないかと考えました。

 

ブログのタイトルが「星一徹式ゲリラ中学受験」なのはそれが理由です。私も星一徹になるべく、いっぱい私立中学の過去問を解き、何か伝えられることはないかと模索中です。過去問を解くのは今もなお継続中です。

 

親子の葛藤を乗り越え、お金のない家庭でも良い教育を受けられるよう、大変拙い文章ではございますが何かの役に立ちたいという思いを込め、このような題名をつけております。

お問い合わせとか

メール:jhs.examination@gmail.com

ツイッター:@jhs_examination

よくある質問と回答:https://jhs-examination.jp/faq/

 

個別の問題の解き方を教えて欲しい、というお声には誠に申し訳ないのですが時間の都合上お応えできません。

問題の解き方は塾の先生に聞くといいです。

私よりよほどスマートな解き方で華麗に解いてくれるはずです。中学受験のプロだもん。

 

ちなみにツイッターは3日に1回くらい役に立たないことをつぶやいておりますのでフォローするとがっかりすることを保証いたします。

あそこはひどいインターネッツだぜ。

 

最後に一つ言っておきます。

「なんで小学校の授業よりも塾の授業の方が生き生きしているのか。塾の先生の方が優秀なんじゃないのか」

 

学校というのは明確なコミットメントがない世界です。

塾では成績という明確な目標がありますが、学校は知育・徳育・体育それらを通して人を育てる場です。

「生きる力」を育てる場が学校です。そこには数値化された目標はありません。

 

保護者のニーズが違うところにあるのも分かっています。

文科省の思惑と保護者のニーズは離れていくばかり。

それでも学校の力、公教育の力を信じて欲しい、と私は思い小さな改革を起こしている最中です。

 

最後に、学校の先生をバカにしないでください。

毎日必死で教材研究に取り組み、授業を改善し、子どもたちを見取り、保護者のニーズという針のむしろの中で精一杯頑張ってるんです。

 

ただですね、制約が多すぎる。やることが多すぎる。

 

でも私は戦っていこうと考えています。

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