満点を狙う中学受験国語の具体的解法-アナと雪の女王を読み解く(前編)

満点を狙う中学受験国語の具体的解法-アナと雪の女王を読み解く(前編)

中学受験国語の具体的解法

中学受験の国語で満点を取る、というテーマで書いてきましたがいずれも方法論に終始し、具体的な問題にまで踏み込めていなかったので今日はどのような思考方法で解くのかを実例を交えて解説していきたいと思います。

以下は方法論です。まだご確認頂けていなければ目を通してみてください。

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さりとて、本当の問題文を載せてしまうと色々な問題がありますので、苦肉の策としてアナと雪の女王の読解をしていきたいと思います。うちの娘がやたらと見るんでね!

アナと雪の女王を読解するー3つのポイントになるエルサの行動

見た人も多いと思いますが、一応物語をさらっとまとめておこうと思います。

物語のあらすじ

アナとエルサの姉妹はアレンデールという国(国ではなく郡程度か)の王女として生を受けます。エルサは生まれつき物体を凍らせる魔法の能力を持っています。エルサは長女でアナは次女。

ある日、いつものようにエルサの魔法を使って、アナとエルサが遊んでいるとふとした時にエルサの魔法がアナに直接かかってしまいます。倒れたアナを両親は謎の小人のもとに運び、意識混濁状態にあったアナを復活させてもらいます。

それ以降、①両親はエルサの魔法を危険なものと見なして魔法を禁じ城に閉じこめておくことにします。

両親はアナとエルサが幼いころ、船の事故で亡くなります。

それから十数年が経ち、エルサが女王になるための戴冠式の日を迎えます。久しぶりに門が開かれた城には城下町の人々が集まってきます。そしてアナは門の外へ出てハンス王子という他国の王子と会い、恋をします。

結婚することに心を決めたアナは舞踏会の最中にエルサに許しを乞いにいきますが、エルサはそれを拒みます。アナは激しくエルサに反抗し、そのときにエルサは魔法を多くの人の前で使用してしまいます。

魔法使いだと追い立てられたエルサは城を逃げ出し山にこもります。

そして山に②自分だけの城を魔法を使って作ります

アナは山にこもったエルサを追いかけます。その途中で氷職人のクリストフに出会います。クリストフとともにエルサを追って山までたどり着き、アナはエルサを見つけます。

アナはエルサに城に帰るように言いますが、エルサは拒否します。その時、エルサは自分の魔法を使ってアナを傷つけます。傷ついたアナをクリストフは謎の小人のもとに連れていきますが、小人たちは「胸に当たった魔法は真実の愛でしか溶かせられない」と言います。

そのうちハンス王子達もエルサの城に辿り着きます。ハンス王子達はエルサの反撃にあいつつ、エルサを捕まえることに成功し、城に幽閉します。

ハンス王子はエルサに魔法を解除するように言いますが、エルサは魔法を解除する方法が分かりません。

アナとクリストフも城に戻ってきます。真実の愛により魔法を解くため、アナはハンス王子にキスしてくれと言いますが、ハンス王子はそれを拒否し、アレンデールを乗っ取るためにアナに近づいたことを告白します。

アナは絶望の中で息絶えようとしますが、雪だるまのオラフがクリストフが城に戻ってきたことを伝えます。アナはクリストフが自分にかかった魔法を解除してくれるものと考え、クリストフに会いに行きます。

エルサは手錠を破壊します。そして、ハンス王子から「アナは死んだ。君の魔法のせいで」と聞かされます。そして傷心のエルサをハンス王子が剣で殺そうとします。

アナは剣を振りかぶったハンス王子からエルサをかばおうとした瞬間、かけられた魔法により全身が凍り付き、ハンス王子の剣をはじきます。

③凍り付いたアナにエルサが泣きながら抱きつきます。すると、凍ったアナの体が溶け出します。

真実の愛が魔法を解除する方法だと知ったエルサは、アレンデール全体にかけた自分の魔法を解除します。

アレンデールは元の姿を取り戻し、エルサ女王がアレンデールを統治することになります。

この物語の3つのポイント

上で書いたあらすじの太字部分がポイントとなる行動です。物語の構造を読み解くには転換点を発見することが大事です。なぜなら転換点による物語の流れの変化が構造を作り出しているからです。

大抵は心情の変化によってもたらされる行動が転換点となります。

国語の問題においてはこの転換点の背景となる心情や、その心情をもたらした出来事が問われます

物語の構造を読み解くのが大事なのは、転換点を問う国語の問題を解くためです。構造が分かればそのときに問われている転換点をもたらした理由や背景が分かります

 

さて、アナと雪の女王の3つのポイント、つまり転換点は以下の通りです。

①エルサが両親に魔法を禁じられ城の外に出ないように言いわたされ城に閉じこもる

②エルサがアレンデールを飛び出し自分だけの城を作る

③エルサがアナに抱き着きアナの魔法を(結果的に)解く

 

この3つの前後で物語の色調は大きく変わっています。この色調の変化に気づくと、転換点を見出すことが可能になります。そして、転換点の前に何があったのかを探ると転換点の行動がもたらされた出来事の意味が分かります。これを背景と呼びます。

転換点の前にあった出来事はこんな感じです。

①の前:「エルサがアナに誤って魔法をかけてしまった」

②の前:「魔法を使えることが衆目の知るところとなりアレンデールを追い出された」

③の前:「アナが自分の魔法のせいで凍り付いてしまった」

 

色調の変化としてはこんな感じです。

①の前:「仲の良い姉妹と両親で幸せに暮らしていた」

②の前:「城に閉じ込もり鬱々とした日々を送っていた」

③の前:「城から追い出され、自分一人の生活を送っていたが捕えられてしまった」

③の後:「アレンデールの人々からも慕われ、また①のような幸せな日々へと戻った」

 

この色調の変化がすべて転換点における行動によってもたらされていますから、物語全体を読み解くには転換を招いた行動とその背景となる出来事、そして背景となる出来事によって湧きあがった感情に着目すれば良いのです。

主人公のエルサの変化に注目する

主人公はアナ?いえ、エルサです。主人公とは物語を最も変化させる人物のことを言います。

転換点を経ることによって物語の色調を変化させていた主体はエルサなので主人公はエルサです。

アナはエルサの行動を受けて行動や心情を変化させる受動的主体です。

 

①の転換点において両親から「外に出るな」と命令されることにより、エルサが閉じこもったことは受動的行動のように見えますが違います。重要な事実として、城に閉じ込められた直後に両親は事故で亡くなっています

事故で亡くなり外に出ることを強制される存在はいなくなったのに、それでもエルサは城の中にいることを選択しています。

つまり、外出せず城に閉じこもっていたのはエルサ自身の意志であり、主体的行動です。

 

主体的行動を取る主人公のエルサの変化に注目することで物語を読み解くことができます。

 

そのエルサが最も変化したように見えるのが②の城を追い出された後の行動です。何しろそれまで城の中に閉じこもっていたのが城を抜け出し、魔法を使うことを怖がっていたのに堂々と魔法を使うように変化したからです。

端的にそのときの状況を表しているのが例のレリゴーの歌です。

Let It Go ~ありのままで~ を読み解く

歌詞を引用します。

題名:Let It Go ~ありのままで~

降り始めた雪は足跡消して 真っ白な世界に一人の私

風が心にささやくの このままじゃ駄目なんだと

とまどい傷つき誰にも打ち明けずに 悩んでたそれももうやめよう

ありのままの姿見せるのよ ありのままの自分になるの

何も怖くない風よ吹け 少しも寒くないわ

歌詞引用:原曲作詞 ロバート・ロペス 日本語詞 高橋知伽江

さて、これを読解します。読解すると、エルサの状況が非常によくわかります。

降り始めた雪は足跡消して

足跡は、「人の生きている痕跡」の隠喩です。「人の生きている痕跡」が消えてしまうので、誰かに気づかれることもなくなってしまうということです。

消したのは「降り始めた雪」です。雪によって足跡が消される、つまり雪が原因となって「人の生きている痕跡」が消えるのです。「人」というのはこの歌を歌っている主体である「エルサ」のことです。

さて、足跡を消すのは雪でなくても構いません。砂でもいいはずです。

なぜ、雪なのでしょうか?

エルサは物を凍り付かせる魔法を使います。だから雪というのはエルサの魔法の隠喩です。

また、「降り始めた」というのは降雪から間もないときのことです。「降り始めた」は「雪」にかかりますから、これはエルサ自身が能力を使い始めて間もない頃という意味です。

エルサは「降り始めた雪」によって「生きている痕跡」を消されます。言い換えると自分自身で自分を孤独にしてしまった、ということです。

 

つまり、ここの歌詞を分かりやすく言うと、

エルサ自身が幼いころに使った魔法がエルサ自身を人々から遠ざけ自らを孤独へと導いた

と言っています。

真っ白な世界に一人の私

「真っ白な世界」は「雪」によって「足跡」を消された結果、現れた状況です。「雪」なので真っ白です。真っ白ということは全面「雪」です。この歌詞の「雪」はエルサの魔法の隠喩です。エルサは自分の能力である魔法を忌み嫌っています。「真っ白な世界」というのは忌み嫌っている魔法という能力によって作られた状況です。忌み嫌う能力により作られた状況に自分一人なので苦悩の日々を送っていることがここから読み取れます。

「一人」というのは「足跡を消して」しまっているからで、結果として誰も助けることができない状況にいるということを意味しています。

 

ここの歌詞は、

自分の忌み嫌う能力によってもたらされた世界で助けもなく一人きり

と言っています。

風が心にささやくの このままじゃ駄目なんだと

そんな世界でも「風」が吹いているようです。そしてこの「風」は「心にささやく」のです。耳ではなく「心にささやく」のは「風」にはできないことです。つまり「風」は「心にささやく」ことができる何かの隠喩です。

自分の「心にささやく」のは自分にしかできません。

つまり、「風」というのは自分のことを指しており、少し意訳すると「自分自身の奥底にある自分の能力を認めようとする気持ち」のことです。

これは「ありのままの自分になるの」と歌いながらエルサが魔法を使いまくって城を建設するシーンからの推測です。

少し先を読み解きますが、「ありのまま」というのは自分本来の姿であり、隠すところのない自分の姿です。隠しているのは「魔法を使うことのできる自分」であり、自分本来の姿というのは「魔法を使うことのできる姿」です。その姿を自分は取り戻すと歌っているところから、心の奥底では「魔法を使うことのできる姿」への回帰を志向していると捉えることができます。

だから、「このままじゃ駄目なんだと」と「ささやいて」いるのは「自分自身の奥底にある自分の能力を認めようとする気持ち」だと推測することができます。

 

「このままじゃ駄目なんだと」の「このまま」は何のままだと言っているんでしょうか?

この部分の前の歌詞で、エルサは自分の能力によって自分自身が一人きりになってしまったと歌っていますので、「このまま」というのは「一人きりの状況」のことを指します。

また、次の歌詞で読み解きますが、「このまま」の状況の中には「能力を隠すこと」も含まれます。「一人きりの状況」と「能力を隠すことが」「駄目なんだ」と言っているのです。

 

ここの歌詞は、

自分自身の奥底にある自分の能力を認めようとする気持ちが、一人きりでいるのを止めて能力をさらけだそうと自分自身にささやく

と言っています。

とまどい傷つき誰にも打ち明けずに 悩んでたそれももうやめよう

一体何に「とまどって」いたのでしょうか?「とまどう」というからには何らかの理解しがたい状況や自分の許容できない状況が発生したからだと考えられます。

自分の能力はエルサにとっては自明のものであり、隠すという行為をとっているので強く意識しています。ですから、「とまどって」いるのは自分の能力それ自体に対してではありません。

そして傷ついてもいます。

エルサが「とまどい」「傷ついた」状況はここまでの物語の中では「アナを自分の能力によって傷つけた」こと以外にありません。ですから、「とまどって」いたのは「アナを自分の能力によって傷つけたこと」です。

 

しかしながら、ここの歌詞の後半で「それももうやめよう」と言っています。「アナを自分の能力によって傷つけた」ことをやめる、つまり忘れるというのは違和感があります。

なぜなら、アナがエルサのもとを訪れたときに明らかにエルサはアナを傷つけることを怖がっていました。

以上より、「とまどい」「傷ついた」のはアナを傷つけたことそれ自体とともに、「自分が人を傷つけてしまう能力を持っていること」も含まれる、むしろこちらの方が「とまどい」「傷つく」主因になったと言えるでしょう。

そしてこのことを誰にも言えないのです。能力それ自体が人を傷つける性質を持っているので、その能力自体「誰にも打ち明けられない」のです。

 

悩んでいたのは「自分が人を傷つけてしまう能力を持っていること」です。そしてそれを「打ち明けずに悩む」こと「それももうやめよう」と言っています。

ここの「それも」という点に着目します。「それも」ということは「自分が人を傷つけてしまう能力を持っていることを打ち明けずに悩む」以外にやめようとしていることがあると読み取れます。もし「自分が人を傷つけてしまう能力を持っていることを打ち明けずに悩むこと」だけをやめるのであればここは「それは」となるはずです。

ヒントとなるのはこの前段の「このままじゃ駄目なんだ」という歌詞です。この前段とこの部分の歌詞は意味として一続きであると読み解くことができます。これを一続きにすると「このままじゃ駄目だからやめよう」となります。

「やめよう」というのは「このまま」をやめるということであり、前段で明らかにしたように「このまま」というのは「一人きりの状況」と「能力を隠すこと」です。

したがって、ここの「それももうやめよう」には「一人きりの状況」をやめることも含まれます。

 

ここの歌詞は、

自分が人を傷つけてしまう能力を持っていることにとまどい、傷ついて、そのことを誰にも打ち明けずに悩んでいたこと、そして一人きりでいることもやめよう

と言っています。

ありのままの姿見せるのよ ありのままの自分になるの

これはそのままの意味です。「ありのままの姿」というのは「自分が魔法を使うことができる姿」です。

「見せるのよ」と言っているので、対象は他者です。

「ありのままの自分になる」と言っているので、今までは「ありのままの自分」ではなかったということです。「ありのままの自分」とは「自分の能力を隠していた自分」ではないと読み解くことができ、「自分の能力を隠していた自分」の反対は「自分の能力をさらけ出す自分」です。

つまり、「ありのままの自分」とは「自分の能力をさらけ出す自分」です。

 

ここの歌詞は、

魔法を使うことができる姿を他人に見せよう。能力をさらけ出そう

と言っています。

何も怖くない風よ吹け 少しも寒くないわ

「何も怖くない」はそのままの意味なので置いておきましょう。

ここでまた「風」が出てきます。前段で「風」は「自分」を指しており、意訳すると「自分自身の根底にある自分の能力を認めようとする気持ち」であると言いました。

前はささやく程度の「風」でしたが、ここでは「吹け」と言っていますからささやく程度では収まりません。しかも自分の意志で「吹かせよう」としています。

このことから、「自分の能力を認めようとする気持ちを大きくするのだ」と自分の意志を持って決意していると読み取れます。

 

「少しも寒くないわ」は前半の「風よ吹け」を受けております。「風」が吹けば、今までのエルサであれば隠す気持ちを強くして抑え込んだはずです。「自分の能力を認めようとする気持ちが大きくなる」と怖気づいていたはずです。ところがここでは「少しも寒くないわ」と否定しているので、「怖がらない」と読み取れます。

 

ここの歌詞は、

何も怖くない。自分の能力を認めようとする気持ちを大きくするのだ。少しも怖くない。

と言っています。

②時点のエルサの心情のまとめ

さて、この歌詞の読解をエルサになりきってまとめてみます。

 

↓まとめ

私が幼いころに使った魔法が私自身を孤独に導いた。忌み嫌う能力によって誰の助けも得られず一人ぼっちになってしまった。でも心の奥底に残った自分の能力を認めようとする気持ちが、一人きりでいるのを止めて能力をさらけだそうと自分自身にささやいている。人を傷つけてしまう能力を持っていることにとまどって、傷ついて、誰にも打ち明けられないまま悩んでいたこと、そしてそれによって一人ぼっちでいることをやめよう。魔法を使うことができる本来の姿を他人に隠さず、能力をさらけ出そう。

↑まとめ

 

これによって、物語全体構造の①は「幼いころに使った魔法が私自身を孤独に導いた。忌み嫌う能力によって誰の助けも得られず一人ぼっちになってしまった」状況を描いており、物語全体構造の②では「一人ぼっちでいることをやめようと決意して、魔法を使うことができる本来の姿を他人に隠さず、能力をさらけ出す」状況になったということが分かります。

ただですね、②でも一人ぼっちの状況は変わらないんですよ。

レリゴーで流す涙は喜びの涙か悲しみの涙か

私はレリゴーで泣きました。2回泣きました。

最初の涙はエルサ自身による抑圧からの解放を喜ぶ涙。

次の涙は結局、エルサ自身の能力によって自らを閉じ込めてしまったやりきれなさ故の悲しみの涙。

 

そうです、エルサは①の段階では自分の能力によってアナを傷つけたことで一人ぼっちになってしまいましたが、②の段階では解放した自分の能力によって建設した城の中で一人ぼっちになっています。この歌の最後にエルサが窓を閉め、外界との関わりを絶った場面にもはっきりとそのことが表れています。

自分の能力によって一人ぼっちになってしまう。

この構造は能力解放の前後で全く変わっていません。私はそんなエルサがかわいそうで、愛しくて、見ながら娘の隣で泣きました。

この歌に至った背景だって、閉じこもっていた城を他者によって追い出された、のであり、自発的に変化しようとして変化したのでなく、変化せざるを得なかったから変化したのです。

この歌はエルサの精一杯の強がりなのです。言い換えると虚勢を張っているのです。

 

私は映画が大好きでありますが、理屈で映画を理解しようとする癖があります。ちょうどこの読解で書いているような感じです。理屈で見るというと冷たい印象があるかもしれませんが、最近は映画を見るとほぼ100%泣きます

理解する術を持ち、きちんと理解すると、主人公の気持ちが乗り移ったようになり自然と涙が流れるのです。(何しろ「この世界の片隅で」を見たときは最初から最後まで泣きどおしでまともに映画を見れませんでしたからね。ここまでいくと殆ど病気です)

 

また、レリゴーの最後の方の歌詞の

これでいいの自分を好きになって これでいいの自分を信じて

という部分に象徴されますが、この歌は他者について一切触れていません

 

②の段階ではエルサは幸せになりません。これは後編でまた読解していきますが、③以後にエルサは他者と関わりを持つことによって幸せを享受します。

 

この物語は男女の愛の物語でもなく、姉妹の愛の物語でもなく、他者との関係を取り戻す物語です。

すなわち、他者との関係がなければ人は幸せになれない、というのが主題です。

これ、試験に出ますからね。

 

読解のポイントはまた後編でまとめます。

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